日本言語学会121回大会発表要旨


標準アラビア語にみられるわたり音/母音交替について


 本発表は、アラビア語(標準語)の弱動詞と呼ばれる、語根にわたり音 /w, y/ を含む動詞の不規則的な活用諸形を分析するものである。アラビア語では、あらゆる品詞の語根は通常3子音のみで表わされ、これらの間に挿入される母音がそれ自身で品詞派生、動詞の法、態などを表わす形態素となっている。たとえば、KTB(書く)という語根に対して KaTaBa (書く 3. sg. pf. act.)KuTiBa(書かれる 3. sg. pf. pass.)のようになる(以下、便宜上入力形の語根要素を大文字で表記する)。弱動詞の活用諸形においては、語根子音のわたり音が、隣接する母音の種類や音節化等の状況により、高母音へ交替したり(/w/ → /u/, /y/ → /i/)削除されたりする。
 桑本 (1997) は、このわたり音の交替状況について、Feature Geometry 理論によって派生と規則による分析を行ったが、複雑な派生を、それぞれの現象について個別の説明を行わざるを得ず、しかも説明されない現象もいくつか残された。本発表は、それを最適性理論(Prince & Smolensky: 1993)を用いて再考し、制約の提案、その制約の序列化によって、より明確な説明を与えることを目的とする>  例を挙げると、yaWJaLu (←WJL, 恐れる) は yaujalu となって、わたり音 /w/ は /u/ に母音化するのに対し、yaXWaFu (←XWF, 恐れる)は yaxaafu、yaXWaF は yaxaf となって、わたり音は削除され、さらにその環境によって異なる形となっている。これらに対しては、わたり音がモーラを受け取りやすいために onset には出現しないという制約(V-MORA)、出力と入力の間のモーラに関する忠実性(MAX-MORA など)及び、音節構造に CV, CVV, CVC の3種しか許されないことなどが関与している。また、二重母音に /ai/, /au/ しかなく、/ia/, /ua/, /iu/, /ui/ などの形成が許されないことから、わたり音削除、隣接母音の代償延長などがみられる。
 わたり音/母音交替の言語相互的研究に Rosenthall (1994) がある。この研究では、わたり音/母音交替は、ほぼ音節化によって決まるとされている。アラビア語には音節化だけでは説明できない例がある。たとえば、QaWaLa (← QWL, 話す) → qaala に対し、QaWaLtu → qultu となる。前者はわたり音削除の例であるが、後者は完了をあらわす母音形態素 (a) が削除され、もともと語根であったわたり音 /w/ が母音化して音節の中心に来るという特殊なものである。これを説明するために、語根とそれ以外の形態素にかかわる忠実性を分け、語根に働く制約のほうがより強く作用するということを提案する。また、接辞要素にかかわる忠実性については、yaRMiYuuna → yarmuuna (←RMY, 投げる、-uuna: 3. pl. pf. の接辞要素) などの場合に関わり、音節構造その他に関わる諸制約によってこのような出力が選ばれることになる。

参考文献


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