日本言語学会123回大会発表要旨
日本語におけるモーラ的鼻音の特徴
本研究は、日本語に存在するいわゆる「撥音」、つまり音節末にあってモーラを伴う鼻音の音韻的特徴を明らかにし、特に、他の促音、長音といった特殊拍との比較を通じて様々な音韻現象を検討するものである。特に興味深いことは、促音が後続音節のonsetの、長音が当該音節の短母音の代償延長として扱われる場合があることに対して、撥音の場合は、後続鼻音の代償延長はあるにしても、周囲の環境に関わらず単独で挿入される場合が、いろいろな現象の中に存在するということである。ここでは、以下の4種に分けて分析する。1.略語形成。2.人名の愛称形。3.諸方言形にみられる口語的語彙。4.強調的副詞。
- 略語形成
- 複合語略語の形成
2つの要素からなる複合語からの略語形成において、徹夜+マージャン→徹マン、半分+チャーハン+ラーメン→半チャンラーメン のように、周辺の分節音の同化などでは説明の付かない鼻音の挿入がみられる。また、この種の略語形成では ラジオ+カセット → ラジカセ のように2モーラ+2モーラの形となるのが一般的であるが、長音や促音は例外的に回避される場合があるのに対し、(テレホン+カード → テレカ、メール+友達 →メルトモ、ポテト+チップス → ポテチ、アメリカン+フットボール→アメフト)、撥音は回避されることはない(ゼネラル+コントラクチャー→ゼネコン/*ゼネコ/*ゼネコト)。
- 3モーラ連続の回避
上の複合語略語形成の原則は一つの要素につき2モーラをとるというものであるため、/ain/, /aun/ を含む語はこのうちのいずれかの要素が略語形成に際して回避される。ドント + マインド→ドンマイ は、前から2モーラをとるという原則に従う場合。ブルー + マウンテン→ブルマン は、原則に従わずとも、/maN/ というモーラ的鼻音を持つ音節を残そうとするもの。このことから、この形の音節の安定度が高いためと考えられる。両者の違いは窪薗晴夫が指摘しているように /au/ の有標性が /ai/ にまさっているために音韻交替を受けやすいことによる。
- 名前の愛称形
「〜ちゃん」の付く愛称形のうち、のりこ→のんちゃん にみられる鼻音挿入、小泉今日子→キョンキョン、松任谷由実→ユーミン、などのタレントなどの愛称に含まれる鼻音など。
- 口語的語彙
主に、関西方言が発祥と思われる、おじさん→おじん、おかあさん→おかん などの例。同種の例は、仙台方言、標準語の口語的表現にも存在する。
- 強調的副詞
Stuart Davis が分析に用いたもので、「のびのび」に対して「のんびり」、「ふわふわ」に対して「ふんわり」のような例。
以上の例をふまえ、促音、長音についても同種の例とともに比較検討し、モーラ的母音を音節末含むものが促音、長音を含む音節より安定度が高いということを導く。
参考文献
- Davis, Stuart (2000) "The Phonology of Mora Augmentation," ms. Indiana University.
- Kubozono Haruo (to appear) "On the Markedness of Diphthongs," 神戸言語学論叢 no. 3.
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