ことばにまつわるエトセトラ(コラム集)


このコラム集は、日常生活で話したり聞いたりしてふと疑問に思うこと、また、ことばに関する、気付かないでとおり過ごしてしまうような些細な(ときにどうでもいいような)ことを、様々な視点から考え、私論を展開させたものです。話題は、社会現象、ジャーナリズム、テレビを中心としたメディアなど、日常生活に密接な事柄を中心にしていこうと思っています。皆様に納得して、あるいは喜んでいただければ幸いです。

第22回 「名古屋ウィメンズマラソン」とカタカナ英語

 先週、「名古屋ウィメンズマラソン」というマラソン大会があった。ロンドンオリンピックへのマラソンの最終選考レースになるということで世間の注目が集まっていて、見応えのあるものだった。
 ところで、この大会は、以前は「名古屋国際女子マラソン」と呼ばれていた。調べてみたら、2010年まではこの名称で行われており、2011年は東日本大震災の影響で中止、今年2012年から同日開催の市民マラソンを統合する形で名称変更となったらしい。
 「ウィメンズ」の部分を英語で綴ると “women’s” となるが、 “women” のとしての発音は「ウィメン」よりは「ウィミン」に近いものである。前半の “wo-” がかなり例外的に「ウィ」のように発音されることは反映されているが、後半の “-men” の発音は「ミン」である。「男性」の “man” の複数形 “men” の発音がだいたい「メン」であるから、同じ綴りで類推させたのだろうか? どっちみち、日本語には “women” という、 “woman” の複数形がそのまま音訳されて使われることはほとんどないから、それでもどうでもいいのかも知れないが、おかしな英語発音が横行する温床になってしまいそうで恐い。
 そもそも、単数形の “woman” が「ウーマン」のように音訳されたり、英語としてもほぼそのように発音されることに対しても、英語を教える仕事をしている身としてはとても違和感がある。実際のネイティブの発音を聞くにつけ、「ウオマン」のようにしか聞き取れない。
 “woman” の “wo” の部分は、実際には [wu] という発音である。日本語でいえば、ワ行の「ウ」の段にあたる。五十音図の表で、ここが欠けているのには意味がある。他にヤ行の「イ」の段も欠けているが、これらが欠けているのは同様の理由による。(他にはヤ行の「エ」、ワ行の「イ」「エ」「オ」も欠けているが、ここにはかつてはヤ行「エ」を除いてそれぞれ特有の文字があり(現在は「を」のみ使用)、しかもそれぞれ固有の音が存在した。)
 ワ行の子音 [w] ヤ行の子音 [j] は俗に「半母音」といい、半分母音であるというその名のとおり、最も母音に近い子音である。そして、 [w] は [u] に、 [j] は[i] に近い。だから、「うあうあうあうあ…」とずっと続けて言っていると、やがて「わわわわ…」になるのは、[uauauaua…] が [wawawawa…] になるのだから、早く言ううちに [u] が [w] に換わったためである。同様に、「いあいあいあいあ…」が「やややや…」になるのは、[iaiaiaia…] が [jajajaja…] で、[i] が [j] に換わったのである。それで、近い音同士が隣り合う、 [wu] や [ji] は、それぞれを子音、母音として区別しなければならないので、とても発音しにくい。それで、少なくとも日本語には古来からこのような組み合わせはなく、五十音図からも外されているわけである。それで、日本人にとっては、 “woman” や “year” の最初の発音がとても難しい。 “woman” を「ウーマン」のように言ってしまっては、子音 [w] を発音していないことになる。また、 「年」の “year” と「耳」の “ear” がちがう音で始まっていることになかなか気づかない。というか、気づくことがどうしてもできない。
 英語と言えば、全てを正確に発音しなければならない、ということは全然ないけれど、「ちゃんとした英語の発音」を目指す場合には、「名古屋ウィメンズマラソン」のような音訳はとても耳障りであると言わざるをえない。(2012/3/14)

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