ことばにまつわるエトセトラ バックナンバー第5集
(第21回〜)
マラソンなど陸上競技やスキー、スピードスケートなどで、選手の胸や背中に貼り付けられた数字の書かれた布のことを「ゼッケン」と言っていたのが、ここ何年かの間に「ナンバーカード」に置き換わってしまった。
そもそも、「ゼッケン」とはどういう意味なのか?
『日本国語大辞典』(小学館)では、ドイツ語の “Decke” (音はほぼ「デッケ」)が語源だとなっている。 “Decke” のドイツ語の意味は「布きれ、覆い」であり、当辞書の記述では、スカンジナビア地方で放牧された牛馬の首に提げた金属の札をゼッケンと言ったのがもとで、その付近で行われたスキー競技のスキーヤーの番号布の呼び名になったということである。『広辞苑』(岩波書店)にもほぼ同様の記述がある(ただし、語源の詳細は不明とされている)。
「ゼッケン」では元になった(らしい)語からの音の変化がかなり激しく、また、そもそも元がドイツ語であることなど、国際標準から遠く隔たっていることなどが言い換えの理由だろうか?「ウィキペディア」では、最近は英語が元の「ビブ」(bib: よだれかけ)に言い換えられているとされている(筆者は聞いたことがない)。
他にも、病原体の「ウイルス」がかつて「ビールス」と言われていたのがいつの間にか「ウイルス」になったのは、ドイツ語の “Virus” に近い音が採用されたものから、本来のラテン語読みに直されたためである。しかし、英語の “virus” はカタカナ読みすると「バイラス」のようであるので、はたして「ウイルス」という言い換えが国際標準に近づいたと言えるかどうか?
その他、野球の「ナイター」が次第に「ナイトゲーム」に言い換えられてきたのは、和製英語を避けて本来の英語に戻そうとする国際標準化であるだろう。しかし、スキー場の「ナイター営業」など、未だに廃れていない和製英語である。
「ズック」(オランダ語 “doek” (カタカナ読みでほぼ「ドゥック」:布))から「スニーカー」(英語 “sneak”「うろうろする」+er: ただし和製英語)に、「チョッキ」(ポルトガル語 “jaqueta”(カタカナ読み「ジャケタ」から?):ジャケット)から「ベスト」(英語 “vest”)に、取って代わったのは、どちらも語源が国際標準とは言えないせいだろう。しかし「スニーカー」は、代わった上でなお和製英語である。
「トレパン」(< トレーニングパンツ training pants)「トレシャツ」(< トレーニングシャツ training shirt)が言われなくなり、「ジャージ」に置き換わったのはなぜか?「トレパン」も「トレシャツ」も日本語的な略語となっているものの、元のことばは別に和製英語でもなく、また、置き換わった方の「ジャージ」はもともとジャージー織の衣服の意味で、筆者の経験からはラグビーシャツを「ジャージ」と言っていた以外には使わなかった。この言い換えは根拠がはっきりわからない。
「ゼッケン」はさておき、「ビールス」「ズック」「チョッキ」「トレパン」などは現在ではほぼ死語になってしまっている。これらの語は、それぞれの時代を反映する語となり、これらを使う人間は「古い」と言われる。「ゼッケン」もやがて死語になってゆくのだろう。(2012/2/15)
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